尾崎豊の名曲はたくさんありますが、ファンならば名前がきっと上がる曲が『シェリー』でしょう。
シェリーって誰か女性の名前なのか?とも思えますが、真相はどうなのか?
またシェリーの歌詞に秘められた尾崎豊の苦悩も調べてみました。
尾崎豊1985年発表の「回帰線」の中にシェリーが収録
名曲シェリーといえば、若さの中で失ったものを思い、それでも苦しみながら歩き続けるといった内容の名曲です。
今回はシェリーについて掘り下げてみましょう。
尾崎豊の『シェリー』その歌詞とは
シェリー 俺はあせりすぎたのか
むやみに何もかも捨てちまったけれど
シェリー あの頃は夢だった 夢のために生きてきた俺だけど
シェリー おまえの言うとおり 金か夢かわからない暮しさ・・・♪
歌い出しの冒頭から自分の選択肢を後悔している様子がうかがえます。
シェリーはその曲名のまま、シェリーという女性(?) に向けて歌われている曲です。
歌詞の9割にシェリーと言う言葉が入っているのではないでしょうか。
ではそのシェリーとは一体誰のことでしょう。
尾崎豊自身は明言していない
一説には母親への気持ちを歌った歌ですとか、奥様の繁美さんへの曲ですとか、はたまたイギリスの詩人メアリー・シェリー、パーシー・ビッシュ・シェリーのどちらかという説。
歌詞全体を読むとどれも違って読めます。
母親に対してだったら少し異常な様な気もしますし、
繁美さんとは出会っていないときに発表されていますし。
詩人に至っては
転がり続ける 俺の生きざまを
時には無様なかっこうでささえてる
シェリー 優しく俺をしかってくれ そして強く抱きしめておくれ
おまえの愛が すべてを包むから
この部分で違うかな、と。
実際、尾崎豊がシェリーのモデルを明言していません。
ただ、奥様の繁美さんによると
「尾崎豊がお付き合いしていた元・交際相手」
という話があるようです。
それがもし本当であるならば、よほど思い入れのある女性だったのでしょうね。
また、尾崎豊と交流のあった知人からは「高校生の時にお付き合いしていた女性である」という証言もあるようです。
しかし、本当のことはこれから先も明らかになることはないでしょう。
若くして苦悩し前に進む
もし元・交際相手だったとしたら、よほど悔いの残る別れ方をしたのでしょう。
そして、その彼女に懺悔するかのように、今の彼の現状を訴え、許しを願っているかのように聞こえます。
しかし救済を願っている訳ではなさそうです。
苦悩し、後悔し、それでも前に向かって進んでいく姿が目に浮かびます。
苦しみながらそれでも歌い続ける、シェリーは尾崎豊がどんな人間なのか、その内面を一番強く映し出されている名曲かもしれません。
シェリーは尾崎の中の神でしょう。
この若さで神を感じていたなんて驚きです。
尾崎の感性の鋭さでしょうね。
自分の事じゃないかと思ってます
自分に問てると考えると歌詞がかみ合ってる気がします