尾崎豊 東京ドームの声がガラガラな理由は

尾崎豊さんの名曲の中でも『シェリー』は有名です。

シェリーと歌っている動画で1988年の東京ドームでのコンサートがあります。

この東京ドームでの尾崎豊さんのシェリーを歌う声がガラガラだと感じませんか?

この理由が妻 繁美さんの著書に書かれていました。

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尾崎豊 東京ドームの声の理由は

1988年9月12日、東京ドームで一夜限りの復活ライブ「LIVE CORE」を行い、5万6000人を動員。

久しぶりのライブだったので楽しみにしていたファンも多かったでしょう。

本当にイケメンですね~!この画像は11曲目に歌った『卒業』の時の尾崎豊さんです。

話を戻しましょう。

 

尾崎豊さんの東京ドームでの声について気になることがあります。

シェリーの歌い出しの部分

歌い出しの部分が特にガラガラな声で『大丈夫かな。。。』と感じます。

 

体もきつそうにしていますが、振り絞るように歌う尾崎豊さんですが『シェリー』を心を込めて歌っています。

命を削ってと感じるくらいに。

 

東京ドームの時の声について気になっている人が多いのですが、この理由がわかりました。

 

妻の尾崎繁美さんの著書に書かれていました。
親愛なる遙いあなたへ 尾崎豊と分けあった日々 /東京書籍/尾崎繁美はこちら
 
 

 

1988年の東京ドームでのコンサートは久しぶりのステージでした。

しかしその一週間前に急に「やりたくない」といい、コンサートをキャンセルすると言い出したのです。

そして家を出ていった。

一日たって戻ってきたが様子がおかしかった。

夜中目覚めると、洗面所に立っている彼(尾崎豊)をみつけたが、前にも見覚えのある目つきだった。

 

東京ドームのリハーサルが3日前から始まった。

あんなに嫌がっていたのにリハーサルに出かけていった。

やはり彼は歌いたかったんだ。

 

しかし帰ってきた尾崎豊は声が枯れていた。

「メンバーとのコミュニケーションが大事なんだ。俺が突っ走らないとまわりも乗ってこない。だから、倒れてもなんでも、先頭に立って仕切らないとだめなんだ。」

それが彼(尾崎豊)のコンサートに対する考え方だった。

 

東京ドームのコンサートの前日のリハーサルから帰ってきた尾崎豊はまた「コンサートはやらない」と言い出した。そして痛々しい声だった。

 

帰ってきてすぐに冷蔵庫からビールとキムチを出し、ひとりで全部キムチを食べてしまった。

キムチは喉に悪いからと繁美さんが止めても「いいんだよ別に。どうせ明日はキャンセルなんだから」と半分ひねくれた口調で言い放った。

 

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尾崎豊 東京ドーム1988年9月12日当日

起きたばかりの彼(尾崎豊)は、昨日よりさらにひどい声だった。

そしてまだ(東京ドーム)キャンセルするから借金を抱えると悲観的なことを言っていた。

外に出ていき2時間ほどして帰ってきたら繁美さんの好きなプリンを買ってきて、のど飴をなめていた。

 

そして東京ドームでのコンサートへ出かけていったといわれます。

(*この文章は内容を私なりに変更して書きました。)

 

声はシェリーで特に気になりますが、他の曲ではそこまで気になりません。必死で歌っていたのかもしれませんね。

 

尾崎豊 東京ドーム1988年『 LIVE CORE』全26曲

26曲を熱唱されています。

 

1.COLD WIND
2.・ISM
3.Driving All Night
4.彼
5.米軍キャンプ
6.Teenage Blue
7.群衆の中の猫
8.Forget-me-not
9.LIFE
10.時
11.卒業
12.遠い空
13.Scrap Alley
14.Scrambling Rock’n’Roll
15.紙切れとバイブル
16.Freeze Moon
17.十七歳の地図
18.路上のルール
19.愛の消えた街
20.核 (CORE)
21.太陽の破片
22.街路樹
アンコール1
23.シェリー
24.I LOVE YOU
25.理由
アンコール2
26.僕が僕であるために

 

この曲順を見ると、声が枯れていたシェリーは、コンサート終了後のアンコールで登場したときに歌った曲だったのですね。。。

この東京ドームはこちらに全て収録されています。
 ↓↓↓『LIVE CORE』↓↓↓

 

ファンの感想

『ブランクを経てのステージで声も枯れて辛そうだけれど、
何かに追い立てられるように、何かから逃れるかのように、叫び、歌い、囁く その様は沢山の愛や真実をくれる。』

 

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