尾崎豊のお墓の場所は?

尾崎豊は1992年(平成4年)4月25日午後0時6分に亡くなりました。死因は覚◯◯中毒 (メタンフェタミン中毒) による肺水腫とのことです 。

あまりにも早い死に世間はパニックになりました。

今回は尾崎豊のお墓の場所についてまとめています。




 

伝説のその終わり

 

 

後日、雨の降る中、東京都文京区の護国寺にて葬儀、追悼式が行われ、参列者は4万人近くに上り、規模は忌野清志郎、美空ひばり、坂井泉水、吉田茂に匹敵するものとなりました。密葬は日蓮正宗にて営まれ、どれだけ多くのファンがいたか、簡単に想像できると思います。

そんな彼の墓地は一体どこにあるのでしょうか。

今回は尾崎豊の墓地について調べてみました。

 

尾崎豊のお墓の場所は公開されている。

インターネットで調べてみるとすんなりと墓地の場所が出てきます。

墓所は埼玉県所沢市の狭山湖畔霊園にある。

場所はこちらにあります。

戒名は「頌弦院智心碩豊居士」

実際ファンの方にはお墓参りに行かれた方もいるのではないでしょうか。

しかしこんな記事も見かけました。

 

『本当の墓地はどこ?』

どういうことでしょう。

公開されているお墓のほかにある、と言うことでしょうか?

 

悲しき現実

調べてみると警備上の問題により公開されている墓地とは他にあるようですが、なんとも切ない気持ちになります。

確かに熱烈なファンもいる尾崎豊。

警備上の不安もあるでしょう。

ご遺族からしてみたら、いつまでもファンでいてくれるうれしさと、ほんの一握りの心ない方のいたずらを心配しなければ、ということになります。

 

余談ではありますが、某幕末志士のお墓は一部のファンのいきすぎた行為により立ち入り禁止にまでなりました。

あの、いま、2018年ですからね。

と言う心からの声は押し殺しましょう。

 

当然、生前から人気のある尾崎豊です。

墓石を削るなんてことでは済まなくなるでしょう。

納骨堂にいたずらをされるかもしれませんし、ご近所のお墓にまで被害が及ぶかもしれません。

遺族としては心穏やかではありませんね。

 

それでも公開されているだけ幸せ

 

著名人の中には公開されていないケースや、立ち入り禁止になっているなんてこともあります。

もしかしたら公開されているお墓には尾崎豊はいないかもしれませんし、いるかもしれません。

しかしそこには尾崎豊という一時代を築いた男の心が静かにあります。

ファン同士の交流の場でもあり、彼を偲ぶ場所にもなっています。

そこには墓石を通して彼を思い、彼の作り上げた作品と歩み続けた自分自身の時間があります。

お墓にお参りできる幸せというのは、嘘も誠も関係なく幸せなことかもしれませんね。

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